敬天愛人フォーラム21 西郷隆盛に学ぶ
南洲翁遺訓 第30条

南洲翁遺訓 第30条

原文

命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。此の始末に困る人ならでては、艱難を共にして、国家の大業は成し得られぬなり。去れども个様の人は、凡俗の眼には、見得られぬぞと申さるるに付、孟子に『天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行ふ、志を得れば、民と之に由り、志を得ざれば、独り其道を行ふ、富貴も淫すること能はず、貧賎も移すこと能はず、威武も屈すること能はず』と云ひしは、今仰せられし如きの、人物にやと問ひしかば、いかにも其の通り、道に立ちたる人ならでは、彼の気象は出ぬ也。

現代語訳

命もいらぬ、名もいらぬ、官位もいらぬ、金もいらぬ、というような人は始末に困るものである。このような始末に困る人でなければ、困難を共にして、一緒に国家の大きな仕事を大成する事は出来ない。しかしながら、このような人は一般の人の眼では見ぬく事が出来ない、と言われるので、それでは孟子(古い中国の聖人)の書に『人は天下の広々とした所におり、天下の正しい位置に立って、天下の正しい道を行うものだ。もし、志を得て用いられたら一般国民と共にその道を行い、もし志を得ないで用いられないときは、独りで道を行えばよい。そういう人はどんな富や身分もこれをおかす事は出来ないし、貧しく卑しい事もこれによって心が挫ける事はない。また力をもって、これを屈服させようとしても決してそれは出来ない』と言っておるのは、今、仰せられたような人物の事ですかと尋ねたら、いかにもそのとおりで、真に道を行う人でなければ、そのような精神は得難い事だと答えられた。