敬天愛人フォーラム21 西郷隆盛に学ぶ
南洲翁遺訓 第33条

南洲翁遺訓 第33条

原文

平日道を蹈まざる人は、事に臨みて狼狽し、処分の出来ぬもの也。譬へば近隣に出火有らんに、平生処分有る者は動揺せずして、取仕末も能く出来るなり、平日処分無き者は、唯狼狽して、なかなか取仕末どころには之無きぞ。夫れも同じにて、平生道を蹈み居る者に非ざれば、事に臨みて策は出来ぬもの也。予先年出陣の日、兵士に向ひ、我が備への整不整を、唯味方の目を以て見ず、敵の心に成りて一つ衝いて見よ、夫れは第一の備ぞと申せしとぞ。

現代語訳

かねて道義を踏み行わない人は、ある事柄に出会うと、あわてふためき、何をして良いか判らぬものである。たとえば、近所に火事があった場合、かねて心構えの出来ている人は少しも動揺する事なく、これに対処することが出来る。しかし、かねて心構えの出来ていない人は、ただ狼狽して、何をして良いか判らず的確に対処する事が出来ない。それと同じ事で、かねて道義を踏み行っている人でなければ、ある事柄に出会った時、立派な対策はできない。私が先年戦いに出たある日のこと、兵士に向かって、自分達の防備が十分であるかどうか、ただ味方の目ばかりで見ないで、敵の心になって一つ突いて見よ、それこそ第一の防備であると説いて聞かせたと言われた。