敬天愛人フォーラム21 西郷隆盛に学ぶ
南洲翁遺訓 第41条

南洲翁遺訓 第41条

原文

身を修し、己を正して、君子の体を具ふるとも、処分の出来ぬ人ならば、木偶人も同然なり。譬へば数十人客、不意に入り来んに、譬え何程饗応したく思ふとも、兼て器具調度の備無ければ、唯心配するのみにて、取賄ふ可き様有間敷ぞ。常に備あれば、幾人なりとも、数に応じて賄はるる也。夫れ故平日の用意は肝腎ぞとて、古語を書て賜りき。

文非鉛槧也。必有処事之才。武非劔楯也。
必有料敵之智。才智之所在一焉而巳。

現代語訳

修行して心を正して、君子の心身を備えても、事にあたってその処理の出来ない人は、ちょうど木で作った人形と同じ事である。たとえば数十人のお客が突然おしかけて来た場合、どんなに接待しようと思っても、食器や道具の準備が出来ていなければ、ただおろおろと心配するだけで、接待のしようもないであろう。いつも道具の準備があれば、たとえ何人であろうとも、数に応じて接待する事が出来るのである。だから、普段の準備が何よりも大事な事であると古語を書いて下さった。

『学問というものはただ文筆の業のことをいうのではない。必ず事に当ってこれをさばくことのできる才能のある事である。武道というものは剣や楯をうまく使いこなす事を言うのでは無い。必ず敵を知ってこれに処する知恵のある事である。才能と知恵のあるところはただ一つである』